【MASTIFFS ’21 Last essay#31】

【MASTIFFS ’21 Last essay#31】

主将 LB#59 黒田勇介
MASTIFFSの4年間
(記:2021/11/22)

今まで他の部員が書いた心揺さぶられるLast essayを読んできましたが、ついに自分が書く番が来たと思うと感慨深く思います。今年の初めに主将を務めさせていただいてから、様々な挨拶や意気込みを書かせていただきましたが文章を書くことを得意にはなれなかったので、拙い文章になりますがお許しください。

何を書こうか悩みますが、今までの風潮に習い、自分も少し恥ずかしいですが部活生活を振り返ってみたいと思います。

振り返ってみると自分がグラウンドで動いていた時間は同期と比べても少なかったと思います。

親と学内を歩いているときに、先輩に声をかけられたのがアメフト部との出会いでした。高校の部活で燃焼し、大学では遊んで過ごそうと思っていましたが、試合や練習を見ていくうちに真剣に活動に取り組む先輩方の姿やアメリカンフットボールという競技自体の魅力に惹かれ、MASTIFFSに入部しました。最初は同期と同じように練習していたのですが、高校時代に熱中症になったことが原因で練習できない時期が続きました。この時期が今までで一番退部を考えた時期だと思います。選手の体調を考えてくれるしっかりとした部活だなとは思いましたが、自分は動けると判断しても動かしてもらえないことにもどかしく感じました。また、JV戦で活躍する同期を見て羨ましく思っておりました。しかし、最初に試合を見て惹かれたアメフトの楽しさを感じないまま退部するのはもったいないと思い続けることにしました。その後復帰した際にスクリメージで良いプレーをできたとき、アメフトの楽しさを感じることができました。

2年生になったときには怪我でグラウンドを離れることが多くなりました。春シーズンは細かい怪我でほとんど出場できず、自分たちが主体となるJV戦で大怪我を負ってしまいました。この後半年ほどプレーできなくなってしまうのですが、この時に退部を考えたことはありませんでした。それは、慣れないながら一生懸命練習に取り組む後輩、チームの力になれないにもかかわらず心配してくれる先輩、期待してくれるコーチの方々、特にグラウンドで活躍する同期の姿があったからだと思います。自分も同期と同じようにグラウンドで活躍しチームの力になりたいと思いリハビリに取り組みましたが、2年生の間に1プレーでも試合に出るという目標は達成することができずとても悔しかったことを覚えています。

その後怪我を治しやっとプレーができるようになった3年生になる頃、新型コロナ禍により活動自粛を余儀なくされてしまいます。先の見えない自粛期間や昇降格がなくなり涙する4年生の姿を見るのはつらいものがありました。

このように練習ができなくなったときに思うのは、アメリカンフットボールをできることの有難さでした。当たり前のようにできていたことが急にできなくなり過去のことを毎回後悔していました。しかし、復帰するとその気持ちが薄れ、また後悔するという繰り返しでとても愚かだったと思います。その連鎖を断ち切れたのは最高学年になってから様々な人に支えられていることに気づき、アメリカンフットボールをできる有難さを多方面から感じることができたからだと思います。活動を続けるために資金や物資を支援してくださる後援会・OBOGの方々、よりよい環境を整えてくださる法人・マネジメントボードの方々、チーム運営に奮励する同期やコーチの方々、頼りない主将だがついてきてくれる後輩など絶対に一人では成り立たないと実感することにより、毎日をより大切に過ごすことができるようになりました。

この誇れるチームで試合できるのもあと1試合です。まだまだ未熟な部分もありますが、MASTIFFSらしく最後まで泥臭くもがきながらTOPリーグに相応しいチームとなりシーズンを終えたいと思います。

最後になりますが,日頃からMASTIFFSを応援してくださっている方々に感謝申し上げたいと思います。新型コロナ禍で試合ができることの有難さを忘れずに、結果で恩返しをするべくチーム一丸となって最終戦では勝利を掴み取りたいと思います。今後ともご支援・ご声援のほどよろしくお願いします。